名古屋地方裁判所 昭和34年(ワ)53号 判決 1960年1月30日
原告 近藤広作
被告 国
訴訟代理人 鈴木伝治 外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、別紙目録記載の不動産の所有権が原告に存することを確認せよ。被告は原告に対し、別紙目録記載の不動産につき、名古屋法務局広路出張所、昭和三十三年十月三十一日受附第弐参〇八七号を以てなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
「一、原告は昭和二十二年二月、昭和税務署長より財産税額金二十四万一千八百七十円を、同年二月十五日限り納付すべき旨の告知を受けた。
二、然し、原告は右税額を全部金銭で納付することは困難な事情にあつたので、内金七万九千二百三十五円について、別紙目録記載の不動産を物納する旨を同年二月十五日附を以て申請したところ、同年十月二十日昭和税務署長より物納の許可があつた。
三、ところが、昭和税務署長は、その後十年余を経た昭和三十三年十月三十日、前記不動産につき、昭和二十二年十月二十日物納許可を原因として、名古屋法務局広路出張所同日受付第弐参〇八七号を以て大蔵省名義に所有権移転登記を得、十月三十一日附収納済証書を送付して来た。
四、然し乍ら前記物納許可のあつた財産税は徴収時効が完成していて、収納し得ないものであるのに、前記所有権移転登記を得たのは違法であるから無効のものである。
従つて本件不動産は依然原告の所有物件であることは明らかであるから、原告は被告国に対し、本件不動産の所有権が原告に存することの確認並びに前記所有権移転登記の抹消登記手続を求めるため本訴請求に及ぶ。」
と陳述した。
立証<省略>
被告指定代理人は主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、
「原告の請求原因事実中、第一乃至第三項は認め、第四項以下は争う。次のような法律上の理由から、本件物納不動産の所有権はは物納許可の時、即ち昭和二十二年十月二十日既に国に移転したものであるから原告の本訴請求は失当である。
物納は税法上一定の事由の存する場合に、金銭の納付に代えて金銭以外の財産権を移転して租税債権を消滅せしめる制度で、納税者の申請にもとずき、収税官庁がこれを許可することによつて成立する公法上の契約であつて、その法律上の性質は一般に代物弁済であり、民法上の代物弁済の法理が準用されるものと解されている。
ところで民法上の代物弁済契約は対抗要件を具備したとき、即ちこれを不動産による代物弁済についていえば、所有権移転の登記を了したときに、契約が成立して当該不動産の所有権が移転し、債務も亦消滅すると解する見解があるが、しかし代物弁済は代物弁済契約によつて当該不動産の所有権移転の意思表示がなされたときに成立し、それによつて直ちにその所有権は移転するが、ただ弁済の効力は移転登記の完了を条件として生ずるものと解する方が我が民法の意思主義を原則とする建前からすれば、より妥当ではないかと考える。従つて当該債務も右移転登記の完了をまつて消滅するものとなすべきものである。なかんずく、本件の場合は、物納許可さえあれば、当該許可をなした収税官庁において単独で嘱託登記手続によつて取得の登記をなしうる(昭和二十二年六月政令第百九号)ことに徴すれば、当事者の所有権移転の意思表示のみによつて本件不動産の所有権が十全に移転したものと解して一向差支えはないものと考える。
もつとも、かく解すれば意思表示がなされたその時にその債務も消滅するとみるべきが相当と思われるところ、財産税法施行規則第六十条によれば「第五十四条第一項、第四項又は第五項に掲げる財産による物納の許可を受けた税額に相当する財産税は物納に充てようとする財産の引渡、所有権移転の登記その地法令により第三者に対抗することのできる要件を充足した時において納付があつたものとする」とあつて、租税債権は対抗要件具備と同時に消滅し、それまでは租税債権は存在することとなつて、その間に矛盾が生ずるのではないかとの疑念がないでもないと考えられるが、右規則は、しかく規制しなければ、もし仮りに債権者が移転登記を了しない間に債務者が当該不動産を第三者に二重譲渡してその登記を履践してしまつたような場合には、債権者としては不測の損害をこうむるような事態が招来されるわけで、かかる事態の発生を防止するために、当事者のみならず第三者に対する関係においても、該所有権を対抗し得るような状態が作出されるまでは、債務は消滅しないものとしたものであり、このように解釈することが衡平の考え方にもさらには租税債権を確保せんとする同規則の趣旨にも適合するものと思われる。
かくて、右に述べた理由で明らかなように物納申請が許可され、その許可書が原告に送達されたときに、当該物納不動産は国に移転し、移転登記をしたときに租税債権は消滅するものといわなければならないが、本件不動産についてみるに原告も自認するように昭和二十二年十月二十日物納許可があり、その頃物納許可書が原告に送達されたものであるから本件不動産所有権は、その時に国に移転したものなのである。
従つて原告主張のように仮りに租税債権が時効によつて消滅したとしてもそれによつて既に取得した被告の右所有権に何ら消長を及ぼすものではない。」と陳述した。
立証<省略>
理由
原告主張の、昭和税務署長が原告に対し財産税課税告知をなしてからこれが収納済証書を送付するに至るまでの経過事実(請求原因第一乃至第三項の事実)は、すべて当事者間に争がない。
原告は本件不動産の所有権は、昭和税務署長の物納許可のみによつては未だ被告国に移転していないのみならず、その移転登記は原告に対する租税債権が時効により消滅した後になされたものであるから無効であると主張する。
然し、財産税法第五十六条による物納制度の趣旨とするところは納税義務者の所轄税務署長に対する物納許可申請に対し、当該署長により物納申請が許可され、その許可書が納税義務者に送達された日以後当該物納を認められた物件は被告国の所有に帰するものと解するを相当とする。
いま本件についてみるに、成立に争のない乙第一号証の一、二及び証人友田義の証言によると物納許可のなされた本件物納不動産については、未だその所有権移転登記の完了する以前においてこれに対する固定資産税について非課税の措置が採られて居り、実務上も物納不動産の所有権は物納許可により直ちに国に帰属するものとして取り扱われていることが認められる。
従つて本件物納不動産は昭和税務署長により物納許可のあつた昭和二十二年十月二十日にその所有権が被告に帰したものと言うべくこれに基いて被告のなした前記所有権移転登記はもとより有効であつて、被告に対し本件不動産の所有権確認並びに所有権移転登記の抹消登記手続を求める原告の請求は失当である。
よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中原守)
目録
名古屋市瑞穂区竹田町弐丁目三番
家屋番号 第六番
木造瓦葺弐階建居宅
建坪 九十四坪四合
外弐階 九十坪四合
以上